茶道速水流

速水流の標語は『敬和清寂』です。
流祖である速水宗達(はやみそうたつ)は、武野紹鴎・村田珠光・足利将軍家などの「茶の湯」(千利休が現代の形に確立する前)を探求し、とくに平安時代の公家の文化を重んじました。

速水宗達(1739−1809)

家元は京都の北野天満宮のすぐ近くにあります。
現在の速水流家元は7代目速水宗楽(そうがく)宗匠です。
東京教室では、次期8代目家元である速水宗広(そうこう)若宗匠が京都から東京に月4日間、茶道を教えに通っています。

速水宗達(1739−1809)著
「茶則」、「喫茶指掌編」月之部 上・中・下
などの文書が出版されています。

(以下の文章、茶道速水流 東京教室ホームページより引用)

成り立ち
茶道速水流は約200年余り前、速水宗達によって創始されました。宗達は、利休以後の千家の名匠一燈宗室の薫陶を受け、21才で「茶人」として自立が認められ、以後も茶道の実践と研究を重ね、自らの茶道観・点茶体系を確立し、40代半ばには「一流派」として世に認められました。
これに前後し、岡山藩は彼を茶道指南役として招請、以後同地を中心に速水流が広く流布します。一方多くの門弟を擁する京都では、聖護院宮盈仁(みつひと)親王の懇望で、宗達は宮の終生の茶の師となります。宮の兄は光格天皇(明治天皇の曾祖父)、天皇から宮に「宗達という茶の名人に習われていることを嬉しく思う」とのお言葉があり、茶人宗達の実力や名声の程がうかがえます。

特色
速水流の特色は、流祖宗達の茶道観に、最も鮮明に表われています。彼は実践と研究に基づき、茶道を「茶を介して人と人とが誠心の交わりを結ぶ礼式」と結論づけました。この場合の人とは、互いに人間として尊重できる人の事であり、茶事(茶会)の人々に秩序をもたらし、茶事を円滑に進める役割を果たすのが礼(敬意の表現)、と見なしています。
この茶道観は、従来の「茶禅一味」に代表される精神修養的な茶道観と明白に一線を画すものです。「心の絆を結ぶのが茶道」という流祖の提唱は、無論現代に至るまで速水流に引き継がれています。

茶道速水流について詳しく知りたい方は茶道速水流ホームページをご覧ください。

東京教室のお稽古

東京教室のお稽古
東京教室のお稽古

速水流の茶会:2015年3月「春の大茶会」グランドプリンスホテル新高輪 茶寮 恵庵にて

速水流の茶会
速水流の茶会

京都速水流滌源居(てきげんきょ)

京都速水流滌源居(てきげんきょ)
京都速水流滌源居(てきげんきょ)
京都速水流滌源居(てきげんきょ)
京都速水流滌源居(てきげんきょ)

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